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はまだより雑記帳

HP「はまだより」 に関するニュース

小田原高校発祥の地 など

「発祥の地コレクション」 に 新規に5件を追加。

小田原高等学校発祥之地(小田原市)
日本水力発電発祥地跡 (神奈川県箱根町)
芸者発祥の地 (中央区)
箱根温泉発祥之地 (神奈川県箱根町)
地名発祥之処 梶原塚 (北区)

小田原高校発祥の地 小田原高校発祥の地は, 2001年に 小田原駅前に設置された。 昨年2月に行ってみたのだが, その時は 小田原駅の大改築が進んでいるさなかで, 発祥碑も一時撤去されたとのことで 涙を呑んで引き下がった。

更に 今年6月, 小田原を通った際に確認したのだが まだだった。
何度も無駄足を踏んでも仕方がないので, 10月中旬にになってから 小田原高校に電話で確認したら「駅の工事が終ったら 再設置する予定だが, いつになるか不明」という返事。 駅の工事はいつ終るのだろう・・・?

その直後, 10月20日に 箱根湯本まで行ったついでに 小田原駅で降りてみたら, なんと 発祥碑があるではないか!!


まあ, 運悪く事情を知らない人が電話に出てきたため, 間違った情報をくれたのだろうが, 腹立たしい思いだった。 結果的には 碑を見つけられたからいいようなものなのだが...


でも こういうことはよくある話で, 私自身も以前 道を聞かれてとんでもない道を教えてしまったことがある。 すぐに気がついたのだが, もう後の祭りで, あの人は「ウソを教えられた」と腹を立てたことだろう。 (ゴメンナサイ)

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11月と 12月のカレンダー

11月と 12月の カレンダーをアップした。
  11月 モイワシャジン と シコンノボタン
  12月 ダイモンジソウ と ベニヒモノキ

ダイモンジソウ“ダイモンジソウ”<写真> は 花びらが5弁で, 下の2つの花びらが左右に大きく伸びているため, 形が 漢字の「大」の文字に見えるところから この名がついた。
元は 渓谷の岩壁などに根を張って自生していたものらしいが, 現在は園芸品種が多く, 白やピンクの花がみられる。

 

 


ベニヒモノキ
“ベニヒモノキ”, 別名“キャットテール”。 その名の通り, 赤いしっぽのような かわいらしい花をつける。
熱帯原産で, 夏に強いが 冬の寒さには弱い植物。 左の写真は 夢の島熱帯植物館で撮影。 カレンダーに使用した写真は 板橋熱帯植物園の 日当たりのよい室内で撮影した。

 

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帆引き船発祥の地 など

「発祥の地コレクション」に 新規に4件を掲載。

   帆引き船発祥の地
   茨城県名発祥のまち
    (工学発祥の地)   
   秩父音頭発祥の町


帆引き船発祥のち 「帆引き船」は, 霞ヶ浦で行われている 大きな帆を張った船で ワカサギなどの漁をする船のこと。 現在は 夏~秋の季節に 観光用として仕立てられている。 青空に白い大きな帆が広がっているのは 大変美しい。
今年4月に これの発祥碑が かすみがうら市に建設された。

「工学発祥の地」をカッコ付きで書いたのは, 碑の名称が「工部大学校阯碑」となっていて, 碑文の中に「工学発祥の地」と書かれているため。

2年前に撮影した写真だが, これを「発祥の地」に含めるべきかどうか 考えている間に, 肝心の碑が撤去されてしまった。 建てられていた 会計検査院ビルが取り壊されたためだが, いずれ合同庁舎が再建されたら また記念碑も 元の位置にもどるのだろうと思われる。

関東大震災で壊れた建物のガレキなどを集めて建てた記念碑という, 面白い経歴をもつ碑である。


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帝王切開発祥の地 など

「発祥の地コレクション」 に 次の4件を掲載。

  本邦帝王切開術発祥之地 (飯能市)
  りんりんロード桜並木発祥の地 (つくば市)
  がまの油発祥の地 (土浦市)
  桐生市商工業発詳の地 (桐生市)

帝王切開は 現代では盲腸の手術より気軽に行われているが, その昔は 母親の死亡率帝王切開 が非常に高い 危険な手術だったらしい。

日本で最初に行われた帝王切開は 黒船の日本来航の翌年, 秩父の山中だったと知って 驚かされた。

左写真のレリーフに刻まれた 伊古田純道・岡部均平という二人の医師が, 文字通り手さぐり状態で行ったもので, 奇跡的に母親は命を永らえた。

二人の医師は それまでに西洋医学の書物を読んでいたらしいが, 麻酔もなしにぶっつけ本番の手術をする方も された母親も, よくも勇気があったものだ。


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「豆相人車鉄道」へのコメント集

「はまだより」 の「豆相人車鉄道」に 送られてきたコメントをまとめて「コメント集」 を掲載した。


人車・本「豆相人車鉄道」は調べれば調べるほど 面白い鉄道で,

・ 当時 各地に造られた 人車鉄道の歴史
・ 豆相人車の生みの親 雨宮敬次郎 のこと
・ 小田原~熱海の路線経路
・ 豆相人車 建設の経緯 と 軽便鉄道への転換 および 廃業のこと
・ 軽便鉄道の車両のこと

などなど, 知りたいことが一杯湧いてくるが, 既にほとんど記録がなくなっており, 一般の人間が入手できる資料は, 伊佐九三四郎著の『幻の人車鉄道』という本のみになっている。


今の若い人たちは トロッコというものを知らない人が増えているようだ。
本来のトロッコは, 無蓋の箱に車輪をつけ, レールの上を人力で押して 荷物を運ぶものだが, それを知らない人は, 京都・嵯峨野(保津峡)に走っているような "観光用の「トロッコ列車」"を思う人が多いらしい。 あれは 単に 窓のない (ガラスがはまっていない 吹きさらしの) レトロ風の客車を 機関車が引っ張る列車で, トロッコとは 名ばかりのモノ。

今では 工事現場でも トロッコを使うことは少なくなってきているから, 実際に目にすることもなくなってきたのだろう。




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