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はまだより雑記帳

HP「はまだより」 に関するニュース

8月-9月のカレンダー

今月のカレンダー 」のページに 8月~9月の画像を掲載した。


   8月 クサギ (臭木)  と  ヒマワリ (向日葵)
   9月 キバナアキギリ(黄花秋桐)  と  モミジアオイ(紅葉葵)



モジミアオイ  【モミジアオイ】


この花を最初に見かけた時は,ハイビスカスかと思った。

・・・でも何か違う。

オシベ・メシベは,ハイビスカスと同様 ブラシのような長いものが 花の中心から突き出している。

しかし, よく見ると, 葉っぱが違う。 ハイビスカスは 幅の広い ごく普通の形なのに, この花の葉は モミジのように 深い切れ込みがあり, また 花も葉っぱ同様 深い切れ込みがある ・・・ というか 花弁が重ならずに独立している。


 調べた結果, モジミアオイと知った。 名前は 文字通り モミジのような葉の形からきているらしい。


夏の花で 7月~9月に咲く。 かなり大きな花で, 直径10センチから 大きなものでは 20センチを超えるものも。

花の寿命は1日だけだそうで, 一つの花は 朝開くと その日でしぼんでしまう。 しかし ある程度大きな木では 次から次にツボミがでてくる。


とても目立つ花で, 魅力がある。 わが家でも1本 植えてみたい。



キバナアキギリ  
【キバナアキギリ】


シソ科の花だが, 同類には サルビアやセージがある。 日本原産で 8月~10月に咲く。
いわば  「日本のサルビア」 ともいうべき花。

 
サルビアといえば いかにも暑苦しい夏の花のイメージだが, これは とても控えめだ。

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京都の発祥の地 (2)

今回は 《京田辺市》で見つけた発祥の地を4件 掲載した。


   能楽発祥の碑 (京田辺市)
   宝生座発祥の碑 (京田辺市)
   隼人舞発祥之碑 (京田辺市)
   戸山流居合道発祥之碑 (京田辺市)


能楽発祥 宝生座発祥
隼人舞発祥 戸山流居合道発祥

京田辺市は 京都市の 20kmほど南に位置し, 大阪府・奈良県との県境にも近く, 京都市・奈良市・大阪市まで それぞれ 30~60分の通勤圏にある。


1997(平成9)年 に, 旧・綴喜郡田辺町が市制施行されたが, その際 和歌山県田辺市と市名が重複しないように 京田辺市になった。


京田辺市の大住地区は, 7世紀ごろに 大隅半島に住む隼人が 朝廷によってこの地に移住させられた場所と言われ, 地名も“大隅”→“大住”として引き継がれたとか。


隼人は「隼人舞」をこの地にもたらし, これが「猿楽」に変化, さらに「能楽」に発展したとされ, このため 京田辺市には 「能楽発祥の碑」「宝生座発祥の碑」がある。 一地方都市に これだけ歴史的な発祥碑が集中しているのは 珍らしい。

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京都の発祥の地(1)

京都の発祥の地巡りをしてきた。 約15ヶ所の発見があったので,  3回に分けて 「発祥の地コレクション 」 に掲載していく。
ちなみに 京都には 2004/5, 2006/10 にも行ったので, これで3回目。 合計47の発祥の地を見つけた。


   小倉餡発祥の地 (京都市)
   オムロン発祥の地 (京都市)
   立命館大学理工学部発祥の地 (京都市)
   雲龍発祥の地 (京都市)
   日本近代医学発祥之地 (京都市)



小倉餡発祥の地
【小倉餡発祥の地】


まずは, 「アンコにも発祥の地があったのか!」 と感激。

嵯峨野の寺 二尊院の境内に 2005年3月に建立されたもの。


実は 2005年に 京都にお住まいの Aさんから, 右の写真付きで情報をもらっていたのだが, この写真は 発祥の地の碑ではなく, 二尊院の外に建てられた“案内碑”だったため, “本物”が見たくて 機会を狙っていた。

昨年秋に京都に行ったときにも二尊院に立ち寄ったのだが, もう暗くなりかけた時間だったため 寺に入ることができず 涙をのんだ。

今回ようやく念願を果たすことができた。




日本近代医学発祥之地

【日本近代医学発祥之地】



ここは 現地にたどりつくのに大変苦労した。


だいたい 京都の街は ゴバンの目状の道路で, 知らない場所でも容易に探し出すことができる都市の筈なのに, ここは あまり目標もなく, おまけに 後院通りという 45度斜めに 走る道路があるため, 方向感覚が狂ってしまい ウロウロしてしまった。

近くの米屋さんで聞いて ようやく碑を発見することができた。


それにしても“六角獄舎”という悪名高い?史跡が 形を変えながらも 残っているとは, 京都というところはすごい。

おまけに 現在でも 更生保護施設という, 刑務所と関わりのある形で残っているとは。


ここは 幕末に山脇東洋が 六角獄舎の刑死人を人体解剖した ということで,「近代医学発祥之地」とされた。 

人体解剖については 「解体新書」の杉田玄白が有名だが, 山脇東洋は それより 17年も前にやっていたという。

 

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千葉県の発祥の地(2)

前回に引き続き Kさんに同行してもらって, 千葉県北西部(千葉・船橋・市川)の発祥の地を回ってきた。

   葛飾小学校開校の地 (船橋市)
   甘藷澱粉製造発祥之地記念碑 (千葉市)
   蘇我小学校発祥之地 (千葉市)
   明徳尋常小学校開校旧跡之碑 (市川市)
   稲荷木小学校発祥之地 (市川市)
   市川電信電話創業の地 (市川市)


今回 小学校の発祥の地が 全6件中4件あったが, 全国的に見ても 小学校の発祥の地は非常に多い。
明治5年に 「学制」 が発布された結果, その後 全国各地に小学校が続々と開設されていったが, それから 100年を経過した 昭和47年以降, 明治初期に開校した小学校は 「開校100年」 などの記念日を迎え, 各地に “発祥の地”“開校の地” などの記念碑が建てられている。


ちなみに 前回と今回取材した千葉県の6つの小学校を列記してみると,

  開校年   開校後   碑建立  
長作小学校 明治14年 100周年 (昭和55年)
畑小学校  明治6年 130周年 (平成16年)
葛飾小学校 明治25年 110周年 (平成14年)
蘇我小学校 明治6年 100周年 (昭和49年)
明徳小学校 明治6年 100周年 (昭和50年)
稲荷木小学校 昭和27年 30周年 (昭和61年)


であって, 戦後開設された稲荷木小学校 (分校から独立した) を除いて いずれも 開校100年以上の歴史を記念した記念碑である。


明治中期~後期に開校した学校は かなり多数あると考えられ, 今後 これらの学校も開校100周年などを祝って 発祥碑を建てていくのだろうか?
   

葛飾小学校発祥 蘇我小学校発祥
 
明徳小学校開校 稲荷木小学校発祥

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