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はまだより雑記帳

HP「はまだより」 に関するニュース

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千葉県の発祥の地 #1

千葉県 柏市・野田市・流山市で見つけた発祥の地を 6件, 「発祥の地コレクション」に収録した。
今回は 友人 T.K.さんに同行してもらった。


   大学カバディチーム発祥の地 (柏市)
   土小学校の始まり (柏市)
   野田醤油発祥の地 (野田市)
   吉春学校発祥之地 (野田市)
   鏑木学校発祥の地 (流山市)
   流山の地名発祥伝説の神社 (流山市)


千葉県の発祥の地(1)


【大学カバディチーム発祥の地】


カバディというのは マイナーなスポーツだが,  1990年から アジア大会の正式種目として採り入れられたため, 一般にも知られるようになった。


現在 大学レベルではどこで“カバディ部”があるのか 調べようとしたが, はっきりしない。
ウェブで調べても  わずか数校の名前が出てくる程度で, 全体の状況は見えない。


そういう マイナーなスポーツに 「発祥の地」碑があったとは... 嬉しい限りだ。


【野田醤油発祥の地】


醤油の発祥の地は 和歌山県の湯浅 ということになっているらしい。
でも 関東で 醤油の産地といえば, 野田と銚子。 どちらも千葉県。


千葉県で 醤油醸造の産業が盛んになったのは, 江戸という大消費地を控え, また 交通の便(水運)にも恵まれていたから... という説明はそれなりにわかるのだが, なぜ 野田と銚子で醤油が作られるようになったのかは よく分からない。


【土小学校の始まり】
【吉春学校発祥之地】
【鏑木学校発祥の地】


学校の発祥の地は その後 歴史的に変遷があっても,  必ずそれを引き継いでいる学校が現在もあるものだ。 

しかし 「吉春学校」については データを集めようとしても ほとんど得られなくて 往生した。


学校の歴史(沿革)は その学校のホームページを見れば 大抵みつかるもので, 野田市の小学校のホームページを調べてみたのだが, 全く情報が得られなかった。


そもそも 野田の小学校は 独自のホームページを持っている学校が極めて少ない。


【流山の地名発祥伝説の神社】


「昔 大規模な洪水があって, 群馬県の赤城山の一部が崩れて 江戸川沿いの流山まで流れつき,  あとに小山が残った」  という伝説がある。  これが『流山』という地名発祥の由来だとされている。

その小山の頂上には 現在 赤城神社が鎮座している。


“伝説”といっても 「史実との関係が証明されていない」 というものから 「全く荒唐無稽な作り話」 までいろいろあるが, 「史実に基づかない伝説による “発祥の地” まで コレクションに加えるのは いかがなものか」 と苦言を受けそうだ。 

まあ これは ご愛嬌ということで気になる方も目をつぶっていただきたい。

 

これまでに 「発祥の地コレクション」 に取り上げた 「伝説に基づく発祥の地」 としては,


   かっぱどっくり発祥の地 (神奈川県寒川町)
   八王子発祥の里 (東京都八王子市)
   鹿骨発祥の地 (東京都江戸川区)
   甲州ぶどう発祥の地 (山梨県勝沼町)


などのいくつかの例がある。 

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1月/2月のカレンダー

10日ほど前から “今月2度目の” 風邪をひいてしまった。
まだ しつこいセキが残っているが とりあえずは 夜も眠れるようになり, あとは時間が経てば治っていくのだろう。


最初の風邪も セキがひどかった。 それを 手軽に売薬を飲んで済ませようと思ったのが間違いだった。

ひどい 薬疹 が出て 思わぬ医者通い。

もともと薬疹が出やすい体質で,過去に何度も薬疹で悩まされてきた。

それがわかっていながら また同じテツを踏むとは 懲りない自分である。


その反省で,今回は ただひたすら寝ていれば治るだろうと思ったのだが, それが どんどんひどくなって,ついに喘息様の発作が起きるようになってしまった。


喘息発作が起きると まともに呼吸ができなくなり,本当に苦しい。 体力も消耗して つらいものだと, このトシになって経験した。


そんなわけで, しばらくの間何も手につかず, 「発祥の地コレクション」など webの更新作業も遅れてしまった。 この調子だと かなりの量をかかえたまま年を越してしまいそうだ。

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1月/2月のカレンダーを 「今月のカレンダー」 のページに掲載した。


   1月 クリスマスローズ と カネノナルキ
   2月 ホトケノザ と アブラナ


1月2月のカレンダー


早いもので 今年もあと数日。

今年やったことは何だっけ? と考えても 一つも答が出てこない。


カレンダー作りは いつから始めたのか,自分でもよくわからなくなってきたが, 少なくとも1998年ごろには始まっていたはずだ。


初めの頃は 他人の作ったカレンダーを転載させてもらっていたのだが,転載元のサイトが消滅してしまったため,やむなく自分で作るようになった。


カレンダーの背景の写真は,自分で撮るものもあるが, 多くは 何人もの人に提供してもらっている。 あらためて この場を借りてお礼を申しあげます。



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東京の発祥の地 4件

東京23区内に見つかった 発祥の地碑を 4件, 「発祥の地コレクション」に掲載した。


  献血発祥之地 (渋谷区)
  中央商業学校発祥の地 (中央区)
  渋沢倉庫発祥の地 (台東区)
  東京漫才発祥の地 (荒川区)


東京都内の発祥の地4件


【献血発祥之地】


 碑は 広尾の 日赤医療センターにあった。


昭和30年代, 輸血用の血液は ほぼ全量 売血に頼っており,  民間の血液銀行が供給していた。


しかし 売血のしすぎで薄くなった血 (いわゆる“黄色い血”) や 全体の数十%が肝炎ウイルスに感染しているという 危機的な状態を解消するため,  すべての血液は 日赤が献血によって 供給することになり,  昭和40年代には ほぼ100% 売血がなくなった。


碑は これを記念して, 日赤中央血液センターに建てられた(らしい)

(血液センターは 今年になって 江東区に移転したので, 既にここ 広尾には存在しない。 )


事前に  電話で碑のある場所を聞いて行ったのだが,  碑の見つかった場所は, 教えてもらった場所とは少々異なり,  新しくつくられたバスターミナル前の植込みに移されていた。

また 日赤医療センターは, 以前見た時には 広々とした敷地に 緑の多い 良い環境だったが,  現在は 敷地一杯に大規模なマンション建設の工事中で, 既に 高層マンションが ニョキニョキと形を現している。


聞くところによると, 独立採算で経営している 日赤医療センターは 万年赤字で, 累積赤字額が 150億円にも達しており,  また 医療センターの建物も老朽化して 建て替えなければならず,  それらの資金を調達するために  敷地の半分に 50年の定期借地権を設定して 民間ディベロッパーに マンション建築・運営を任せているのだという。


日赤が大儲けしているとは もちろん考えていなかったが, 毎年巨額の赤字を垂れ流していたとは 初耳だったし,  それを解消するために  不動産屋みたいな発想で 土地の”有効利用”をはかろうとしていたとは,  オドロキである。



【中央商業学校発祥の地 】


中央区の 新川 (古くは“霊岸島”と呼ばれていた) には 商業学校があった。

この学校は 明治後期に設立されたということなので, 結構歴史は古い。


戦後は 学校法人「中央学院」の傘下で  「中央学院大学中央高校」 として続いていたが,  数年前に 江東区に移転してしまった。


この発祥碑は 3年前に建てられたもの。



【渋沢倉庫発祥の地 】


永代橋から 東に歩いていくと, 福島橋の隣に 29階建ての 瀟洒なオフィスビルが建っている。


先月 上記の 「中央商業学校発祥の地」 碑 を見たあとで  この建物の前を通りかかったら,  偶然 敷地内 (前庭) に 碑が建っているのが目に入った。  近寄ってよくよく見たら  この発祥碑だった。 


街歩きの途中で 偶然発祥の地を見つけることは,  以前は 時々あったのだが, 流石に 最近は, 東京都区内だけで 230個所ぐらいの発祥碑を記録しているので,  「偶然」 見つけるというようなケースは ほとんどなくなっていた。


この調子でいくと 都内にも まだまだ 隠れた発祥碑があるのかもしれない。
どこまで行っても 「これで100%」 という限界は見えない。  無限に努力が必要である。



東京漫才発祥の地】


「発祥の地コレクション」を見ていただいている 'もへい' さんという方から, 「南千住に 『東京漫才発祥の地』 という看板がある」  と知らせていただいた。


早速現地に行ってみたら, なるほど, 小さな看板が掛かっていた。


「栗友亭に関して 問い合せは  近くの “荒川ふるさと文化館” へ」  と書かれていたので ふるさと文化館に行って, 過去の資料などを見せてもらった。


戦後 東京には  常設で漫才を興行する演芸場がなかった。
昭和30年ごろに 「栗友亭」(くりともてい) という寄席が開かれ, 当時の漫才芸人たちが 「東京漫才研究会」 を作り この栗友亭を常打の寄席として しばらくの間活躍していたという。

このため 栗友亭は 「東京漫才発祥の地」 と呼ばれるようになったとのこと。


しかし 栗友亭は  間もなく経営が困難になり  開場してから わずか4年で終焉を迎えたが, 東京における漫才の立ち上がり期の 重要な出来事だった。

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山梨県の発祥の地

長野県・山梨県の発祥の地探し。 その4

山梨県内(甲府・諏訪を除く)で見つけた 発祥の地 7件を 「発祥の地コレクション」に掲載した。


   ホップ栽培発祥の地 (北杜市)
   穴山氏発祥の地 (韮崎市)
   石水発祥の池 (韮崎市)
   西野手習所発祥之地 (南アルプス市)
   豊教育発祥の地 (南アルプス市)
   近代鰍沢教育発祥之地 (山梨県鰍沢町)
   水力発電発祥之郷 (山梨県市川三郷町)



ホップ栽培発祥 【ホップ栽培発祥の地】    


  ビールの主要な原料の一つであるホップの国産化は,明治初期に北海道で少量栽培されたのを除くと, 本格的に栽培されるようになったのは 明治後半 山梨県と長野県が中心だった。


 昭和に入って 日中戦争によって海外からの輸入が困難になったため ビールメーカーは国内調達を拡大し, 戦後は 東北各県 (岩手・秋田・山形など) での契約栽培がはじまり,栽培規模が小規模であった山梨・長野などの栽培は急激に縮小した。

 
 ここは 山梨県における「ホップ栽培発祥の地」で, この他に 長野県と岩手県にも“ホップ栽培発祥の地”の碑がある。 



穴山氏発祥
【穴山氏発祥の地】   

中央線穴山駅のホーム上に「穴山氏発祥の地」の看板が建っている。

鉄道駅のホーム上に建つ 発祥碑を見たのは,

   京浜東北線・大森駅の 「考古学発祥の地」 と,
   東海道線・鴨宮駅の 「新幹線発祥の地」 (発祥の地コレクション には未掲載)

についで3番目。



石水発祥 【石水発祥の池】    


  ここには 江戸時代から (もっと以前から?) 豊かな湧水が出ていて, 名水として知られていたらしい。

そのため この地域は 現在も「石水」という地名が残っている。
この発祥碑 (説明板) は 「石水」という地名の発祥を示している。 


この説明板には 発祥の「地」ではなく 発祥の「池」という文字が書かれている。
このことから かつてこの湧水は 池になっていたのではないか(?) と推定される。 





鰍沢教育発祥 豊教育発祥 西野手習所発祥 【西野手習所発祥之地】
【豊教育発祥の地】   
【近代鰍沢教育発祥之地】


 西野手習所は 現在の「白根東小学校」の前身で,創立150年を記念して建てられた。

 
  豊教育発祥の地は 現在の「豊小学校」の 創立100周年を記念して建てられた。 


  鰍沢教育発祥の地は 創立○○年をうたっていないが,碑の建立された年は 創立125年目に当る。


 明治初期に創立された 歴史のある小学校は,明治100年 (昭和43年) を過ぎて 続々と創立100年を迎えた。 
このため 各地で 「○○小学校発祥の地」碑が建てられた。


これまでに見つかっている 「小学校発祥の地」 「教育発祥の地」 を詳しく調べると,創立100周年をうたっているものが16, 110年~150周年を記念したものが 13。 合わせて 29 ある。 

その他 100周年などとうたわなくても 内容から 創立以来100年を超えていることが明らかなものが 25件ほどあり,全部合わせると 54件にもなる。

 
その中で 創立150年をうたっているのは 「西野手習所発祥之地」 が唯一つ。 



水力発電発祥

【水力発電発祥之郷】  


山梨県で 最初に水力発電を開始したのは 芦川第一発電所だった。 
以来100年。 

発電所建設を推進した 秋山喜蔵氏の像と並んで この碑がたてられた。 

 
近くの 芦川第一発電所にも 「山梨に電気がともって百年」 を示す説明板が建てられている。 


余談だが,秋山喜蔵氏は 甲州電力を創業した人物で,その偉業をたたえて 永久に電灯を灯そうと, 秋山家の墓には 電灯が設置されているという。

この灯りは 戦時中の灯火管制のために消灯させられ, 以来消えたままとなっているのだという。



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